介護業界 嚙み砕き知識・ニュース

入居率2%! 開設1年足らずで老人ホーム閉鎖 なぜあの大手企業は介護業界で惨敗したのか

介護保険制度が誕生して以来、多くの異業種企業が介護業界に参入しました。
ベネッセスタイルケアや学研ココファンなど、日本を代表する介護事業者に成長した会社がある一方、短期間で撤退してしまった例も数多くあります。
それらの中から1年足らずで介護業界からの撤退を余儀なくされた、ある大企業のケースを元に、「なぜ介護事業で失敗したのか」を検証してみましょう。

大衆向けチェーンが入居金1億円のホーム

大手紳士服小売業のA社は、グループ会社を通じて首都圏の高級住宅地に100室の住宅型有料老人ホームを開設しました。
「A社には全国に何万人もの顧客名簿がある。これを使って営業すればすぐに満室になるだろう」と算盤をはじいていました。

私は、運営会社の社長にインタビューをしたのですが、「入居金1億円」と聞いて驚きました。
確かに、周辺には高級老人ホームがいくつかありますので、価格設定としては全く的外れとは言えません。
しかしA社は高級ブランド店ではありません。
一般大衆向けの量販店です。
「何万人もの顧客名簿」があっても、その中に1億円のホームに入れるだけの人がいるとは考えにくいです。
もちろん、顧客名簿以外からの入居も想定しているのでしょうが、A社の社名から「高級」を連想する人は少ないと思われます。

「入居金、高すぎませんか?」という私の質問に、社長は「A社のスーツの単価は、ライバル店よりも高い。
顧客は購買力がある」と反論します。
確かに客単価は他社より高くとも、他社が3万円のところ、A社は4万円といったレベルです。
1億円のホームに入るような人は1着何十万円のスーツをフルオーダーで仕立てるでしょう。
完全に自社のブランド力を過信してしまっています。
この会社の例にあるように、「自分たちの会社のブランドが介護業界でも通用する」「本業とのシナジー効果が見込める」と思って失敗するケースは結構多いと実感します。

医療・介護事業所を全く併設せず

社長とのインタビューまだ続きます。
「併設している介護・医療事業所は何ですか?」
「ありません。自立の高齢者を対象にしていますので」
「では、要介護になったら?」
「近所のデイサービスや訪問介護を使ってもらいます」

これにも驚きました。
自立型有料老人ホームで運営者が介護保険サービスを提供する必要はありませんので、ルール上は全く問題ありません。
しかし高齢者である以上、いつ病気や要介護状態になるかわかりません。
「そうなっても館内にクリニックや訪問介護事業所がある」という「安心」があるから、高齢者はわざわざ住み慣れた自宅を離れてまでホームに転居をするのです。
シニア向け分譲マンション、サービス付き高齢者向け住宅のように自分に居住権が発生するならともかく、居住権が発生せず、医療・介護のついていない部屋に1億円を支払う高齢者がいるとは考えられません。
「自立高齢者はなぜホームに入るのか」という基本的なニーズを全く理解していないのです。

結局このホームの入居は2室のみ。
何カ月たっても入居は全く進みませんでした。
社員が「パンフレットを持って近所の医療機関などに挨拶まわりをしたらどうでしょう」と提案しましたが、会社から「これまでA社はテレビCMと折り込みチラシで集客してきた。
それを変えるつもりはない」と却下されたそうです。
折り込みチラシで売ってきたのは一着数万円のスーツです。
1億円の老人ホームとは商品の性格も購買者の層も全く違います。
売る物や売る相手が違えば売り方も変えなくてはなりません。

その後も入居は全く増えず、このホームは開設して1年もたたないうちに閉鎖されてしまいました。
入居者は他のホームに移ってもらったそうです。

A社が失敗したのは、これまでの事業の成功体験に固執し、介護業界でもそれが通用すると思ったことが一番の原因ではないでしょうか。
また自社のブランド力への過信もあったと思います。
人材採用の面では「福利厚生がしっかりしているだろう」と大手企業の信用力・ブランドがいきることもありますが、利用者獲得の面では、それらを過信せずに泥臭い営業活動を行うことが重要と言えそうです。

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