介護業界 嚙み砕き知識・ニュース

ヒヤリハット事例を求めるのは何のため?

ヒヤリハットゼロ=意識が低い?

介護に限らず、組織の質を向上させるには、成功事例・失敗事例を組織全体で共有することが重要です。
その手法のひとつが「ヒヤリハット」の共有です。
重大な事故やトラブルに繋がりかねない状況をひとつでも多く知ることが、事故やトラブルの防止になります。

ある介護事業者も、このヒヤリハット共有の重要性に気づき、社長自ら全事業所に対して「毎日ヒヤリハットを社のグループLINEに報告してくるように」と指示ました。
「床のマットがめくれていて、躓いて転倒する危険性がありました」
「食事のとき、車椅子のストッパーが解除されたままになっていました」
すぐに毎日多くのヒヤリハット報告が上がってくるようになりました。
「みんな私の言いつけを守っているな」「事故防止に対する意識が高まっているな」と社長は満足でした。

しかし、しばらく経つと報告されるヒヤリハットの件数が少なくなってきました。
考えてみれば当然のことです。
ヒヤリハットの事例はグループLINEを通じて社内で共有されているのですから、現場では報告事例をもとに改善策を講じ、ヒヤリハットが起きないようにしています。
ヒヤリハットが少なくなるのは組織としては喜ぶべきことなのです。

しかし、社長はそうは考えていません。
「皆の意識が薄れてきている」「業務命令を守ろうとする考えが徹底されていない」と、ヒヤリハットを報告してこない事業所を問題視するようになったのです。

困ったのは事業所です。
「今日はありません」と報告すると「業務に真剣に向き合っていないからだ」と叱責されます。
何とかしてヒヤリハットを報告しなくてはなりません。
毎日職員が終業後に集まって「今日は送迎のときに道が渋滞していた。
これは『送迎時間に間に合わせなくてはいけない』という運転手の焦りにつながり、事故を起こすかもしれないからヒヤリハットと言えなくもないのでは・・・」と無理矢理ヒヤリハットをひねり出さなくてはならなくなりました。

資料に記載すれば済む話では・・・

このように、本来はある目的をもって始めた取り組みが、いつの間にか目的がすり替わってしまった、というケースは介護業界に限らず、組織ではまま見受けられます。

介護業界の事例をもうひとつあげてみましょう。
「事例研究発表会」がそれです。
これは各事業所で取り組んだ、利用者のADL・QOLの向上や、介護拒否の克服などの優れた取り組み事例を発表し、組織全体で共有することが目的です。
コロナ前は多くの事業者・業界団体が行っていました。

しかし、いつのころからか、ある介護事業者では、発表者が事例発表の前に「なお、この事例の対象であるご利用者A様については、ご家族から研究発表会のテーマにすること、及び写真・映像使用について許可をいただいております・・・」と断りを入れることが当たり前になりました。

確かに、個人情報・プライバシーへの配慮は大切です。
しかし、それは発表資料内にその旨を明記するか、発表事例の応募条件に「写真・映像等については事前に本人や家族に使用許可を得ること」と記載してルール化すれば済む話です。
それを全ての発表者が揃いも揃って同じセリフを口にする、ということは、恐らく初めにこれを口頭で説明した発表者が社長か役員に激賞されたのでしょう。
それ以降、この会社の事例研究発表会では、「冒頭に個人情報保護について口頭で言及する」ことが「暗黙のルール」になったと思われます。

しかし、事例研究発表会は「優れた事例の共有」が目的です。
参加者が知りたいのは事例の詳細な情報です。
発表者の持ち時間が分単位で細かく決められている中で、例え15秒程度と言えども、それ以外のことを発表するのは無駄でしかありません。
これも先のヒヤリハット同様に、本来の目的とはかけ離れた部分が評価対象になってしまった一例といえます。
 
「介護現場で働くスタッフは多忙で心身共に疲労している」というセリフは、経営者自身もよく口にします。
しかし、その背景にはこうした「無駄な部分に労力を割くことを強いている」という一面もあるのではないでしょうか。

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この記事を書いたコラムニスト

西岡 一紀 (ニシオカ カズノリ)

なにわ最速ライター

介護・不動産・旅行

介護系業界紙を中心に21年間新聞記者をつとめ、現在はフリーランスです。
立ち位置としてじ手は最もキャリアが長い介護系が中心で、企業のホームページ等に掲載する各種コラム、社長や社員インタビューのほか、企業のリリース作成代行、社内報の作成支援などを行っています。

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