介護以外について

奥加賀の廃トンネル

加賀南部地方にそれはあるらしい。

 『石川県小松市近くの山中に、バイクでしか通れないような廃トンネルがある』
その噂を聞いたのは、10年ほど前に福井県で勤務していた時のことでした。
「バイクでしか通れないような廃トンネル」?
想像するだけで興味が湧いてきます。
聞けばそのトンネルは「戸谷隧道」といい、昭和初期竣工で、内部はまるで洞窟のようになっているとのこと。しかもそこに至る道は廃止されて久しく、路面状況が悪いため簡単に近付けないとのことで、まさに秘境トンネルです。
「戸谷隧道・・・是非行ってみたい!」
そう思った私は、早速「最強のオフロードバイク」DT125Rを駆り現地に向かったのですが、果たしてそこに待ち受けていたものは・・・。

どうしよう・・・

山深い田舎道を走ること数十キロ。戸谷隧道へ続くと思われる、名も知らぬ林道の分岐点に辿り着いたのは、午後の陽も陰りかけた遅い時間でした。
 「ここで間違いなさそうやけど、こんな時間になった・・・どうしよう。」
林道を走る場合、不測の事態が生じても、明るいうちに人里まで辿り着けるようにすることが鉄則なので、突入するには少し遅い時間です。しかも周りに人の気配など無く、何より入口近くにある「熊に注意」の錆びた看板が、更に不安を掻き立てます。
しかし市街地は山を挟んだ向こう側であり、普通に戻るには反対側に大きく迂回する必要があるため、ガソリン残量を考えると、それは相当リスクがあります。それに比べて林道の方は、高低差はともかく、一番近い集落まで5キロちょっとのはずであり、何かあっても助けを呼びに行けない距離では無いように思えます。
「・・・ここまで来たんや、行ってみよう!」
私は無謀と思いつつ、林道へと突入していきました。

人も通わぬ山中に、それはあった!

突入すること数百メートル。早くも林道はただの山道の様相を呈してきました。道は当然未舗装で、片側が急な谷になっています。脇には草が生い茂り、中央部は雨水か何かで深くえぐられているため、少しでもハンドル操作を誤ればすぐ転倒、谷底に落ちていきそうです。これではいくら最強DTといえども時速数キロしか出せません。
そのうち高低差も激しくなり、道幅もどんどん細くなってきました、この道は本当に戸谷隧道に通じているのか・・・。もはや獣道同然です。
「どうしよどうしよどうしよ~っ!」
突入したことを心底後悔し、Uターンできそうなところがあればすぐ撤収!と考えたその瞬間、それは姿を現しました。
「戸谷隧道や!」
ついに辿り着いた戸谷隧道。奥加賀の山深く、およそ人工的な音が何も聞こえない山中に、それはありました。入口は狭く、中は真っ暗。不気味ですがある意味、荘厳な佇まいです。目を凝らすと薄っすらと、ほんの小さな光が向こう側に見えるので、貫通はしていそうです。が、狭い!狭すぎる!しかも内部は漆黒の暗闇!確かにバイクなら走れそうですが、走行するには二の足どころか四の足を踏むくらいのトンネルです。
「本当に行くか?ここ、行けるのここ!?」
自問自答しつつ照らしたヘッドライトに、手掘りの壁面が浮かびます。路面に車両の通った跡は無く、ところどころに水溜りのようなものも見えます。が、わりと平坦な感じで、DTであれば走破は不可能ではなさそうにも思えます。
辺りはだんだんと薄暗くなってきました。迷っている時間はそうありません。
「・・・!」
意を決し、DTを中へ進めました。

トンネルの住人は・・・

数メートルも進むうちに、路面は泥のようなものでびちゃびちゃになっていることに気が付きました。天井から染み出す『しずく』で軟弱になっているようです。
「こんなところにも泥が積もるんや・・・」と思った瞬間!真っ黒な無数の塊が飛んできて、目の前を塞ぎました。
「何やこれ~~~っ!」
その黒い塊のような物は、ヘルメットから腕から胸から、身体中にいっぱい当たってきます。
「○×△※#$%!!」
行けども行けども、それは減りません。それどころかどんどん数が増えてきます。
「うへ~~~!!!」

・・・それはもの凄い数のコウモリでした。
人も車も通らない奥加賀山中の廃トンネルはコウモリの巣となっており、路面いっぱいの泥のようなものは、コウモリのフンとおしっこが積もりに積もってできたものでした。
半ばパニックになりながらもDTをトンネルの奥へと進めますが、コウモリは増えていく一方です。突然の侵入者に向こうもパニックになっているのか、次々にぶつかってきます。
「やべ~~~!」
靴や車体はフンまみれでしたが、何とかトンネルを通過すること、もうそれしか考えられません。数え切れないほどのコウモリの体当たりを受けつつ、やっとのことで反対側に出ました。
「出た!」
バイクを止め、振り返るとトンネル出口から煙のようにコウモリが飛び出てきます。数百匹どころか、数千匹はいるのではないでしょうか。それはそれは大騒ぎです。

しばらくするとコウモリも落ち着き、トンネルからもあまり出てこなくなりました。改めてトンネルの中を見ると、天井にびっしりと黒い塊がぶら下がっており、よく見るとそれは全てコウモリでした。そしてその下には数センチにもなるであろう、積もり積もったフン。そこにDTのタイヤの跡がくっきりと残っていました。トンネルを抜けたあとしばらくは放心状態。しかし周囲は更に暗くなってきたので、この山中に長居はできません。息を整えたあと心の中で「ごめんね・・・」とコウモリに謝りつつ、人里に向かって下りていきました。

人知れず、これからも。

トンネルの反対側の道は荒れてはいるものの、高低差が少ないこともあり、来た道ほど酷い道ではありませんでした。トンネルから2~3キロほど走ると、やがて古びたアスファルト道路になり、そのうち田畑が現れ、そして人の住む集落に辿り着きましたが、もうその頃にはほとんど真っ暗でした。が、何とか無事に人の生活圏に戻ってくることができました。
 
 あれから10年以上が経ち、それからも色々なところに出掛けましたが、ここほど強烈なトンネルにはまだ出会っていません。しかし、ここに行ったことがきっかけで、今もあちこちの林道を探索し続けているような気もしています。

私の中に強烈なインパクトを残した戸谷隧道は、これからも人知れずコウモリとともにひっそりと存在し、そして年月の経過とともに、やがては朽ち果て、歴史の中に埋もれていくことでしょう。

※クリック頂くとGoogle Mapのページへリンクします
(画像:戸谷隧道位置、出典:Google Map)

掲載PR一覧

  • 老人ホーム入居相談窓口