2025年、介護事業経営の新常識――「淘汰」と「拡大」が同時進行する時代の生き残り戦略
2024年度、訪問介護事業者の倒産が過去最多の81件に達し、廃業件数もこれを上回る状況となりました。
介護報酬の2%超引き下げが引き金と報じられることが多いものの、実態はより複雑です。厚生労働省のデータによれば、倒産や廃業を上回るペースで新規参入が続き、訪問介護の請求事業所数は増加傾向にあります。
住宅型有料老人ホームの新設ラッシュも、訪問介護事業者数の増加に拍車をかけています。
本稿では、こうした「淘汰」と「拡大」が同時進行する現代の介護業界で、事業者が生き残るための具体戦略を、最新制度や現場事例を交えて解説します。
倒産・廃業の増加、その裏で進む新規参入
2024年度の介護事業者倒産は179件と過去最多を記録し、特に訪問介護が86件、通所・短期入所が55件、有料老人ホームが17件と、いずれも高水準です。
背景には、報酬改定だけでなく、利用者獲得競争の激化、人手不足、物価高騰といった複合的要因があります。
一方で、厚労省の介護給付実績によれば、訪問介護の請求事業所数はむしろ増加しています。これは、住宅型有料老人ホームの新設に伴い、併設型の訪問介護事業所が次々と開業しているためです。
つまり、「事業者数が減っている」わけではなく、競争がますます激化しているのが実態です。
勝ち残る事業者の共通点――ヘルパー確保と処遇改善
競争が激化するなか、最大の課題は「ヘルパーの確保」です。
ヘルパーを多く雇用できる事業者は、介護職員処遇改善加算の上位区分を算定しやすく、得た加算を時給アップや福利厚生強化に充てることで、さらに人材を呼び込む好循環を生み出しています。
【事例】
A社(東京都・訪問介護)は、処遇改善加算の最上位区分を取得。毎年ベースアップを実施し、時給も地域相場より10%高く設定。結果、ヘルパーの応募が絶えず、離職率も低い。加算の活用と採用戦略が事業拡大の原動力となっています。
一方で、旧態依然としたサービスしか提供できない事業所は、利用者を獲得できず倒産や廃業に追い込まれています。
特に通所介護(デイサービス)では、レクリエーションやリハビリ、送迎サービスの質で差がつき、利用者ニーズに応えられない事業所は市場から淘汰されています。
通所介護も「微増」――サービス革新が明暗を分ける
通所介護事業者数はこの10年で微増にとどまっていますが、勝ち残るのは「新しいサービス」を提供できる事業所です。
【事例】
B社(大阪府・デイサービス)は、リハビリ専門職を常駐させ、個別機能訓練や認知症予防プログラムを導入。利用者の満足度が高く、口コミで新規利用者が増加。スタッフの定着率も高く、安定した経営を維持しています。
逆に、レクリエーション中心で目新しさのない事業所は、利用者減少で経営難に陥っています。
生産性向上は不可避――「生産性向上推進体制加算」とAI活用
2024年度の介護報酬改定で新設された「生産性向上推進体制加算」は、ICTやテクノロジー導入による業務効率化とサービス質向上を評価する制度です。
加算(I.)は月100単位、加算(II.)は月10単位で、委員会の開催や見守り機器の導入、業務改善の継続が求められます。
この加算を取得することで、事業所の収益力と職員の負担軽減、サービスの質向上を同時に実現できます。
【事例】
C社(神奈川県・小規模多機能型)は、介護記録やシフト管理をクラウド化し、見守りセンサーを全室に導入。生産性向上推進体制加算(I.)を取得し、加算分をスタッフの手当やICT機器の更新費用に充当。業務効率が大幅に向上し、スタッフの残業時間も半減しました。
今後は生成AIの活用も不可欠です。
例えば、AIによるケアプラン作成支援、記録自動化、シフト最適化など、人的リソースの限界を補うツールとして期待されています。
AI導入により、事務作業の大幅な効率化が実現し、スタッフが本来のケア業務に集中できる環境が整います。
経営情報「見える化」時代の到来――経営の質が問われる
2025年1月からは、厚生労働省の「介護サービス事業者経営情報データベースシステム」への経営情報報告が義務化されます。
損益計算書や貸借対照表などの財務情報を都道府県に電子報告し、経営の透明性が求められる時代となります。
これにより、事業者間の経営力や生産性、財務健全性が「見える化」され、利用者や取引先からの選別も厳しくなります。
経営の質が問われる時代に突入したといえるでしょう。
2025年、経営者が取るべきアクション
・ヘルパー・スタッフの確保と処遇改善
加算を最大限活用し、時給や福利厚生を競争力のある水準に引き上げる。採用・定着のための職場環境づくりを徹底する。
・サービスの差別化・革新
利用者ニーズを的確に捉え、リハビリや認知症ケア、個別対応など新しいサービスを積極的に導入する。
・生産性向上とICT・AI活用
生産性向上推進体制加算の取得を目指し、ICT・AIを活用した業務効率化を推進する。
例:クラウド型記録システム、AIによるケアプラン作成、見守りセンサーの導入など。
・経営情報の整備と透明化
経営データの正確な把握・報告体制を整え、経営の健全性をアピールする。
・経営環境の変化に柔軟に対応
報酬改定や法改正など、制度変更に迅速に対応できる体制を構築する。
おわりに――「変化適応力」が生き残りのカギ
2025年以降、介護事業の経営環境は一層厳しさを増します。
倒産・廃業の増加は「競争激化」の裏返しであり、サービス革新や生産性向上に取り組める事業者には大きな成長のチャンスも広がっています。
経営者は、時代の変化を正しく読み取り、ヘルパー確保・サービス革新・ICT活用・経営の見える化という「4本柱」で経営基盤を強化していくことが不可欠です。
今こそ、変化を恐れず、挑戦し続ける経営姿勢が求められています。
(本コラムは2025年5月時点の情報に基づき執筆しています)
介護の三ツ星コンシェルジュ