現代の「神社」の定義~神社とは何か~②
新興宗教の神社
前回のコラムで、時代時代の神社の考え方、運営のされ方を説明してきました。
今回のコラムでは、最近の神社の運営形態に関してご説明させていただきます。
最近はいわゆる新興宗教への風当たりが非常に強くなってきています。
オウム真理教の事件等もあり、”宗教”というだけで毛嫌いされる風潮ですが、実は新興宗教が作った神社というのも存在します。
例えば京都のある神社ですが、第二次世界大戦後に霊能者が作ったお社が元のようで信者もかなりいたようです。
現在は神社のような外観で、京都府の宗教法人一覧にも、「神社(単立)」で登録されています。
これが神社ということで、地図でも神社のマークが付いているし、なんと最近はパワースポットの神社としても紹介されています。
新興宗教扱いされているならありえないかもしれません。
神社巡りをする人にとっては、新興宗教の神社は排除したいと思っている方が多いでしょうから、由緒を見て決めるべきだということになります。
でも、由緒が新しいからと言って全部排除すると、意外に大きな神社が含まれてしまいますし、由緒が古い神社でも、再建されたのは近世になってから、という神社も少なくありません。
神道教会とは
もう一つ、似たようなものとして「神道教会」というものがあります。
明治期に神社は宗教ではなく、国家管理されていたことは前回説明しましたが、その時、宗教としての神道は教派神道でやりなさいということになりました。
そして神道の教団が多数形成されました。
ただ、教団と言っても様々で、天理教(戦後離脱)や金光教のような一般の宗教団体から、扶桑教や御嶽教のような山岳宗教をベースにするもの、そして出雲大社のように神社を母体とするものなど色々あります。
教会ですから、教えを広める所、というのが目的ですが、ここにも神は祀られています。
イスラム教みたいに偶像崇拝を禁じている所は、教会と言っても何も祀らず、遙拝するだけのところになりますが、もちろん神道の場合はそうではなく、ご分霊をお祭りすることになります。
教派神道自体、戦後の新興宗教拡大の影響を受け、その後は宗教毛嫌い時代となり、すっかり影が薄くなってしまいました。
残念なことですが、教会というとキリスト教やイスラム教を除くと、何か新興宗教を感じさせる言葉なので、あまり近寄りたく無い、一般人が行くところではない、というイメージがあるようです。
確かに特定の信徒のみが集まってお祭りをする場、となっている所も多数あります。
ただ、今後は教会としての活動は行いながらも、外見も一般の神社的になってきているところも出てくるでしょう。
寛容な神社感を
ということで、ここまで色々とみてきますと、これは神社で、これは神社でないとズバッと区別するのは中々難しいということがわかります。
しかし、前回のコラムでも説明しましたが、最初に戻って広辞苑の定義を見てみますと、「神道の神を祀るところ」を神社と考えるということで良いのではないかと思います。
あれは神社だ、神社ではないとか言いたくなるかも知れませんのが、広い感覚で捉えるほうが神道らしいというか、日本らしいと思っています。