介護以外について

とびしま海道と凄腕の時計屋さん

瀬戸内海の温暖な風景

『多島美』という言葉をご存知ですか?
聞き慣れない言葉かもしれませんが、海と無数の島々がつくる独特の美しい風景のことで、海に囲まれた日本には、数多くの多島美の名所があります。
中でも私が好きなのは瀬戸内海の多島美です。穏やかで温暖な海と無数の島々が織りなす風景は、時間を忘れていつまでも眺めていることができます。例えば天気の良い日の昼下がり、多島美を横目にゆっくりツーリングなんて、本当に最高の贅沢だと思います。
そんな瀬戸内のなかで特に気に入っているのが、広島県にある「とびしま海道」です。
サイクリストの聖地として有名な、尾道と四国今治を結ぶ、あの「しまなみ海道」ではありません。「しまなみ海道」はツアーも組まれる観光地ですが、「とびしま海道」は残念ながらそこまでメジャーではなく、私の周りでもあまり知られていない道です。しかし、瀬戸内の風景を楽しみながらツーリングするには最適の道だと思っています。
この「とびしま海道」、実は「しまなみ海道」のすぐ近く、隣といっても良いところにあります。両方とも瀬戸内の島々を橋で結んだ道ですが、ただ「とびしま海道」は行き止まり道路であり、終点に着くとそこから先はフェリーで渡るか、もしくは入口まで戻るしかないので、旅行の行程を組むのがちょっと難しいところです。私の周りであまり馴染みが無いのは、そのせいかも知れません。

太陽の香りが…

3年ほど前の話です。NHKの「プロフェッショナル」という番組に、とびしま海道にある大崎下島・御手洗(みたらい)地区の時計屋さんのご主人が出演されました。どんなに古い時計でも修理できる、知る人ぞ知る凄腕をお持ちの方です。それを見た時、「故障したまま放ってある自宅の置き時計の修理をしたい!」と思うとともに、瀬戸内にある小さな島の港町に、なぜそのような方が?と思ったのが、とびしま海道に思いを馳せるきっかけでした。それ以来、いつか行こうと思いつつ、仕事に忙殺されているうちに、その思いも忘れてしまっていました。
そんなあるとき、その御手洗地区が舞台のCMが放映されました。とある飲料水メーカーのCMで、フランス人の若い女性が瀬戸内の小さな島に教員として赴任してきて、その島のみんなのあこがれ、人気者になるというストーリーでしたが、海沿いのレトロな町並みが続く御手洗地区の海岸線を、その女性が自転車で颯爽と走りながらフランス語で挨拶する姿に、なぜか太陽の香りを感じました。また、穏やかで温暖な瀬戸内の風景がとても印象的で、「このロケ地はどこ?」「ここに行きたい!」と話題になりましたが、私もそのCMを見て、改めて「やっぱり行きたい」と思い、休暇を取ってとびしま海道に行くことにしたのでした。

レトロな街並み

関西からとびしま海道に行くには、高速道路を使ってしまなみ海道まで行き、途中の大三島で下りて、そこからフェリーで岡村島に渡る方法が一番近いです。しかし、そのフェリーは朝早くか午後の遅い時間しか運航しておらず、御手洗地区でゆっくりするには時間的に厳しいため、前日に呉市まで行き、翌朝、橋を渡って西側からとびしま海道を走ることとしました。 
呉市街から海沿いを東へ約30分、とびしま海道に続く橋に着きました。いよいよここからです。このとびしま海道の良いところは、本当に海を身近に感じられるところです。海岸線に沿った道は堤防が低いので、圧迫感なく瀬戸内の風景を楽しめます。また交通量も少なめなので、自分のペースで走ることができます。7つの橋で結ばれた島々はそれぞれ独特の雰囲気がありますが、やはり一番は大崎下島の御手洗地区です。瀬戸内海運を生業としていたこの地区のレトロな建物群と海岸通りが醸し出す雰囲気は、時間がゆっくり流れているようで、心が癒されます。端から端まで歩いても15分くらいで歩けるこの街は、散歩するにもぴったりなところで、街中にある「足長小学生」の看板などはインスタグラムにもってこいかも知れません。

あの時計屋さんがありました!

バイクを置いて散策すると、有りました「新光時計店」。あのプロフェッショナルな時計店です。江戸時代から商売されており、間違いなく高価だった時計をその頃から扱っているということは、この地区がいかに繁栄していたか窺い知れるというもの。店のたたずまいは昭和の感じが色濃く残り、道路に面した入口横の窓から覗くと、ご主人の作業場でしょうか、時計修理用の細かな部品や工具が並べられています。本当に、時間が止まったような感じを受けます。
その時、なぜそれまで気が付かなかったのか、今となっては間抜けとしか言い様が無いのですが、肝心の壊れた置時計を自宅に忘れてきたことに気付きました。何のためにここまで来たのか・・・ツーリングの準備で気が回らなかったのか・・・立ち直るのにしばらく時間がかかりましたが、今更どうしようもありません。呆然としていると、店の中からどこかで見たことがあるような、70歳くらいの男性が出てきました。そうです。あのプロフェッショナルなご主人です。
幸いなことにそのプロフェッショナルなご主人と話しをすることができました。ご主人曰く、「郵送で送ってもらえたら、日数は少しかかるかも知れないけど、対応しますよ」とのこと。時計の状況をお伝えすると、「多分大丈夫でしょう。今の状態をメモして一緒に送ってもらえれば、見積り額を連絡するので、それで良ければ修理します」と言っていただきました。私は後日送付しますと伝え、あとは昔日の御手洗地区の情景や、例のCM撮影の際のことなど、少し世間話をしてその場を離れました。

音のない空間をあとにして

しばらく地区内を散策したあと、再びバイクで海道の終点を目指しました。だんだんと道は細くなり、その分、瀬戸内のしなびた漁村の雰囲気が色濃くなってきました。終点の予感がしてきます。そうこうしているうちに岡村港フェリー乗り場に到着しました。そこは小さな建物があるだけの漁港で、午後の陽光のなか歩く人の姿もなく、猫も寝ている音のない空間が広がっていました。
とびしま海道の終点の岡村港からは、フェリーがあれば次の島にも行けます。私はフェリーに乗って、その先を見てみたい気持ちを抑えつつ、「瀬戸内らしいこの風景に会いに、また来たいな」と思いながらバイクのエンジンをかけ、来た道を戻っていったのでした。

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