黄昏の選択~父を彷徨わせた老人ホーム巡礼
第1章 退院という名のタイムリミット
相談者:名古屋在住の娘様(45)B様
入居対象者:大阪在住の父親(83)
名古屋のデパートで外商部長を務めるB様(45)は、大阪で独居する父(83)が肺炎で入院したとの連絡を受けました。
病院のソーシャルワーカーから「退院まであと2週間」と迫られ、提携施設リストから「月額14万円」のC社のホームへの入居を即決しました。
看護師資格を持つB様は「医療体制」を確認したつもりでしたが、夜間の看護師配置なしである事実を見落としてしまっていました。
第2章 薄味という名の拷問
元日本料理人だった父親にとって、ホームの減塩食は耐え難い苦痛だったようです。
ある日面会時に見た父の食事メモには「昨日の鯖の味噌煮、味噌の量1/3、砂糖なし」と職人魂が悲鳴を上げているかのような記述が残されていました。
B様が厨房に改善を求めましたが、「栄養管理の規定です」と一蹴されてしまいます。
その夜、父親は隠し持っていた塩の小瓶で自室調理を試み、火災報知器を作動させる事件が発生してしまいました。
第3章 認知症という名の転落
入居3ヶ月後、父親の記憶障害が顕在化し始めました。
ホームから「要介護4以上は対応不可」との通告が届きます。
B様が契約書を確認すると、8ポイントの小さな文字で「認知症患者は別途外部事業者手配必須」と但し書きされており、追加費用月8万円が発生することに気づきました。
結果的に総額は当初予算の1.5倍に膨れ上がってしまいました。
第4章 リハビリという名の虚構
パンフレットには「充実のリハビリプログラム」と記載されていましたが、実際は週1回のマシントレーニングのみでした。
理学療法士が常駐していないため、父親の廃用症候群(身体機能低下)は進行してしまいます。
転倒時に行ったレントゲン検査では、骨密度が入居時より15%低下していることが判明しました。
第5章 転居という名の地獄
2軒目に選んだD社のホームは自然豊かな立地でしたが、元大手企業サラリーマン中心の文化サークル的な雰囲気でした。
無類の落語好きだった父親には合わず、「堅苦しい勉強会ばかり」と孤立してしまいます。
その結果、入居からわずか1ヶ月で「施設不適応症候群」と診断され、3度目の転居を余儀なくされました。
第6章 破綻という名の結末
5軒目となる施設探し中、B様はついに資金ショートとなりました。
転居費用累計1200万円が家計を圧迫したためです。
最後に面会した際、父親はC様の手を握り、「ごめんな、お前の人生を台無しにした」と涙ながらに謝りました。
その3日後、父親は夜間トイレで転倒し硬膜下血腫で帰らぬ人となったそうです。
有料老人ホーム入居相談員による分析
失敗の根本は『親という他人』への理解不足。
この問題を改善するために彼女が開発した「人生史マトリクス」では、青年期~現役時代までの生活パターンを可視化し、それを基に施設サービスとの適合性を照合します。
例えばC様の父親の場合
職業歴
板前(45年間)→調理参加可能な施設が適応
趣味
落語鑑賞→芸能イベント充実型施設
人間関係
職人仲間との交流→同職種経験者との接点
これらを考慮すれば最適な施設選びが可能だったかもしれません。
データが物語る現実
・要介護者全体の72%が最初に選んだ施設とミスマッチ(2025年厚労省調査)
・転居回数と死亡率:1回転居で死亡率1.3倍増加、3回以上では2.1倍増加
・認知症患者の場合、環境変化による認知機能低下:MMSEスコア平均3.2ポイント減少/回
「数字や利便性より大切なのは、その人自身です。あなたのお父様やお母様はどんな人生を歩んできましたか?」と。
この物語から学べる教訓は明快です。
有料老人ホーム選びで最も危険なのは、「介護が必要な親」という視点だけで見てしまい、「一人の人間として親を見る視点」を失うことです。
金沢大学老年学研究科による調査では、入居者満足度を決定づける要素として67%が「過去の生活との連続性」であると報告されています。
黄昏時に差す光。
その中で私たちは問い続けなければならないでしょう。
本当に大切な介護とは何か、有料老人ホーム選びとは何なのか、と。
介護の三ツ星コンシェルジュ