60年ぶり! きょうだいの再会

Kさんについて

小柄でとても快活な女性Kさんは、今年で90歳を迎える。
子はなく15年前に夫が先立ち、夫と建てた小さな一軒家に一人で暮らしている。
 
夫が亡くなって間もないある日、Kさんは行きつけの銭湯で転倒し腰椎を骨折した。
今でも腰が痛むので週1回ヘルパーさんに買い物と部屋の掃除を頼んでいる。
2年前から物忘れが酷くなり、家の中で財布や通帳がなくなって困ることがたびたびあった。
昨年春、私はKさんの保佐人になった。

Kさんは九州で生まれ、5人きょうだいの一番年長。
父親が真面目に働かない人だったので家は貧乏だった。
きょうだいは全員中学を出たらすぐに働きに家を出てばらばらになったが、長弟だけは地元に残り両親の面倒をみた。
Kさんは年に一度は両親の家に帰っていたので両親と長弟、妹とは会っていたが、他の弟2人とは会うことはないままで、のちに2番目の弟は亡くなった。

Kさんのきょうだい

私が保佐人になってKさんの財産調査をしたところ、Kさんの自宅の登記が、Kさんと亡くなったKさんの夫に加え、一時は一緒に暮らしていた、11年前に亡くなった妹と3人の名義になっていることが分かった。
さっそく夫と妹の持ち分の相続登記をすることになった。
しかし、長年のきょうだい間の誤解から来る確執が大きく立ちはだかった。

相続人はKさん以外に、長弟と末弟であった。
Kさんと長弟は年賀状のやり取りもあり、今でも時々電話で話すことがある。
しかし末弟は居場所すらわからず、すでに60年間音信不通であった。

だが、長弟は弟の住所と携帯番号を知っていた。
以前、興信所を使って居場所を突き止めたのだそうだ。

誤解

今から10年くらい前、両親が亡くなってから放置していた両親の家を買いたいという人が現れた時だった。
家は父親の名義のままであったので相続登記が必要となり、当時唯一所在が分からなかった末弟の居場所を探したのである。
しかし末弟は相続手続きに協力しなかった。
 
それは、さらに5年くらい前、ちょうど父親が亡くなった頃にさかのぼる。
当時、末弟はテキ屋の仕事をしており、反社会的勢力の者たちに騙され多額の借金を背負わされていた。
そんな最中、故郷にいる長弟にお金の支援を求めたが、長弟からは貸せるお金はないと突っぱねられたという。
父親が亡くなったことを知った際も、自分にも遺産分けがあることを期待した。
しかし遺産相続の話はなかった。
末弟は、自分を避け者にして他のきょうだいで父親の遺産を分け合っていると思い込み、他のきょうだいを恨んだ。
長弟に当時のことを聞くと、子どもが小さかったうえに建具屋の仕事で独立したての頃で、自分たちの生活で精一杯な時であった。
きょうだいみんなに余裕がなかった。
 
両親もずっと貧乏で遺産は家以外のものはなく、葬儀やお墓を建てる費用は全て長弟が持った。
末弟にとって全くの誤解であった。
また長弟は末弟が反社会的勢力の一員かと思い込み、末弟と絶縁した。
あとで分かったことであるが、これも全くの誤解であった。

末弟

長弟は、Kさんとはずっと交流があったので手続きにすんなりと協力してくれた。
しかし、末弟は未だきょうだいに強い不信感を抱き続けており、話し合いは難航した。
私は何度か末弟を訪ねるうち、末弟はこれまで生きて来た壮絶な人生を私に語ってくれた。
他人を信頼し度々騙され大変な目に遭ったことが、きょうだいへの不信にもつながっていた。
 
私はきょうだいそれぞれから聞き取った事情をそれぞれに伝えた。
次第にきょうだい同士の誤解が解けていった。ある時、私はきょうだいが元気なうちに再会することを提案した。
長年誤解し続けていたがやはり血のつながったきょうだいである。
3人とも快く承諾した。
しかし、長弟の妻だけは強く反対した。

不信感の訳

長弟以上に末弟に対する不信感が根強く、更に、Kさんを含めきょうだい全員に対し、ずっと不信感を抱いていた。
きょうだいから両親の世話に金銭の負担もずっと押しつけられ、長年辛い思いをし続けて来たことが忘れられない。
きょうだいの両親のことで一番尽力してくれていたのは、実は長弟の妻であったのだ。
私は、妻の話を聞いているうちに、Kさんの保佐人である身で、とても申し訳ない気持ちになった。

再会

一方、Kさんと末弟との話し合いが進むにつれ、Kさんと末弟は互いに電話をかけることが多くなっていった。
そして昨年秋。
Kさんはタクシーで駅まで末弟を迎え、とうとう末弟はKさんの家にやって来た。
二人にとって、実に60年ぶりの再会であった。
 
 
私は感動の再会場面に立ち会えなかったが、数時間遅れてKさんの自宅に到着した。
そのとき二人はこれまで見せてくれたこともない和かな表情で私を迎えてくれた。
思わず私は涙が出た。
その後ようやく私の任務、相続登記は進展、完了する運びとなった。

氷解

このきょうだいはみんな真面目で必死に働いて生きて来た。
私は、いつか長弟の妻が、Kさん、末弟と和解して、きょうだい家族揃って再会できる日が来ることを願っている。
みんな元気なうちに。

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この記事を書いたコラムニスト

高嶋康伸 (タカシマヤスノブ)

ソーシャルワーク・アドベンチャー 代表 ホームソーシャルワーカー

1969年生まれ。1991年 そごう(現そごう・西武)入社。百貨店外商の経験から高齢者や障害者の生活ニーズに行き届かない社会システムに疑問を感じ、社会福祉に関心を持ち始めた。2000年 特別養護老人ホームに転職。2002年 高齢者と障害者の外出・生活支援事業を起業。2003年 社会福祉士登録。ホームソーシャルワーカーは、かかりつけ医の社会福祉士版。元気なうちから生涯にわたり、秘書や執事のように生活全般にわたるサポートをおこなう。いつまでもその人らしく元気に生きてもらえるよう、特に旅行や外食など楽しみ、希望実現の支援を得意としている。認定社会福祉士。

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